【JASONSの蓋世不抜~第二章:福生へ道場破り篇~】

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2015年12月5日、JASONSは初めて、福生(ふっさ)にあるライヴハウス、Chicken Shackでショーを行った。

 

その夜、僕はプライベートでバタバタしており、ギリギリの到着となったのだが、会場に着いて、何かいつもと違う空気を感じ、武者震いした。

 

Chicken Shack は1974年から続く老舗のライヴハウス。

ドアを開けると、長いカウンターがあり、様々な酒と料理が提供されている。

 

ライヴハウスでは有り得ないスタイルだが、ここに多くの人が溢れ返り、皆それぞれに楽しんでいる。常連さんたちなのかな。

 

そこを通り抜け、石階段を2,3歩下りると、小さなフロア。横にベンチがあり、背後にはDJコーナー。木や石を配したこの会場は何だか温かい。

 

異国。

 

南国というか、アメリカというよりも中米のような、ゴージャスではないが、DIYで作られたような、カラフルな自然を感じる会場である。

 

この夜、JASONSは化けた。

 

ちょうどベーシストが、ジェイソン百十号に代わった頃。新しい3人編成になり初の東京公演。

 

初代ベーシストは客としてバンドと一緒に東京に来ていた。僕ともう一人のフリークは、軽く挨拶。

 

ショーが始まれば、僕ら3人は、全力でフロアを盛り上げた。

 脱退しても仲間。JASONSファミリーの温かさが見える。

 

バンドはいつも通り、フロア後方から登場。ステージに上がると、フルスロットルで爆音を鳴らす。

 

僕ら3人は、いつも通り、「俺らが盛り上げんと」という使命感と爆音の高揚感で、小さいながらもサークルピットを作り、走った。

 

するとどうだ、バンドの音圧、力が観客を魅せ、一人、また一人と前へやってくる。そして、僕らと共にサークルし、走り回る。

 

 

こんな光景初めて。これを待っていた!

 

この夜、初めてゴリさんは曲間でマイクを取り。笑顔で観客を煽った。

その翌年。約7か月後の2016年7月10日。

福生市多摩川中央公園げんき広場という、河川敷の広い会場。太陽が燦々と照りつける日中に、野外フェスが開催された。

 

ここに、JASONSは呼ばれた。

この頃から“リズムタイム”は見られなくなった。

2015年に1stアルバムをリリースした為、曲という強力な武器が揃ったからだろう。

 

バンドのコンセプトは「ホラー」なのだが、実に太陽が似合う。

音にも、心にも、野生味溢れるグルーヴを持つからだろう。

 

 

僕はもちろん、その他数名が汗をかきながら、熱狂していた。

もうファンは2人じゃない。福生にはいる。

 

ラスト曲だったか、2015 年リリースの1stアルバムに収録され、PVも制作された”PREDATORZ”という曲を演奏した時、ゴリさんは僕にマイクを手渡した。

 

JASONS初の4人体制、専任ヴォーカルとバンド…と調子に乗ったことを言ってはいけないが、少し、歌わせてもらった。

 

余談だが、この時ヴォーカルがどれほど体力の必要なものか実感した。

 

それまで20分くらい走り回っていたせいもあるが、全然声が出ない。いくら腹に力を入れ、踏ん張っても、全然声が出ない。

 

ヴォーカリスト、特にエクストリーム系の人たちに尊敬の心を持った瞬間だ。

 

ここで、EPリリースの1年後にリリースされたアルバムから、“PREDATORZ”のPVを紹介しよう。僕が少し歌わせてもらったという曲だ。


JASONS 1st ALBUM INFERNO『PREDATORZ 』

 

その後もJASONSは、精力的に挑戦を続けていく。

シングル、EPの制作、オムニバスアルバムに参加、と、とにかく音源を出す。

 

そのほとんどが、即効性のある、速さと圧をかます楽曲で、次第にセットリストも圧とスピードで観客を制圧するスタイルへと変貌していった。

 

地元名古屋では、JASONS ARMYというファンベースが確立され、主催イベントも快調に進んでいるよう。

 

東京にも、年に2~3回は来てくれ、全力でぶつかっているのだが、お客さんのノリはもうひとつ…という感じは否めない。

 

ゴリさんがギターを置き、フロアへ飛び降り、客に声かけ、サークルを作るようにするも…1人、2人が混じるくらいかな。

 

 

2017年4月。確かこの時期、2度目の福生Chicken Shackでのライヴがあった。

僕は仕事の都合で泣く泣く断念せざるを得なかった。

 

今回、JASONSの東京進出物語を書くにあたり、この2度目の福生がどんな盛り上がりだったのか、気になって仕方がない

 

明日発表する第三章は、2018年1発目、東京でのライヴについて。

先に言っておくが、この夜はえげつないことになった。

 

約3週間経った今でも、あの夜の興奮は覚えているし、心が熱くなる。

さて、その熱気がどれほどであったか。次の章でしっかり、熱く語ろう。

 

 

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この記事を書いた人
音楽ライター「監督」

音楽ライター。昭和の末に生まれ、平成の大阪で育ち、革ジャンを羽織り、ロックシャツを着て、ベルボトムに下駄で東京の街を闊歩する。「音楽は耳で観る映画」をテーマに、音楽から感じるイメージを文章にし、ライヴレポートやライナーを書いています。

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